プロダクト デザイナーの​柴田文江さん、​Google アイビー ロスが​語る​「テクノロジーに​手触りを​与えると​いう​こと」
*本記事は、Google から柴田さんに商品提供等の上、ご自身の利用体験をもとに対談を実施し制作したものです。
「世界の​反対側に、​同じ​考え方を​持つ​デザイナーが​いる​ことを​知れてうれしかった」── Google で​ハードウェア製品の​デザイン部門を​率いる​アイビー ロスが​そう​語ったのは、​プロダクト デザイナーの​柴田文江さん。
家電から医療機器、チェアにスーツケースまで、国内外のさまざまなメーカーのプロジェクトを手掛ける柴田さんとロスが共に大事にするのは、使い手がより人間らしくいられるためのデザインをすること。毎年 4 月にイタリア・ミラノで開催される「ミラノ デザイン ウィーク」を訪れた二人が、自然からのインスピレーションについて、愛着をもたらす色と形について、これからのテクノロジーに求められるデザインについて語りました1。
アイビー ロス(以下、​ロス)​ デザイナーと​して、​私たちは​魔法を​生み出します。​何も​ない​ところから​何かを​生み出し、​それを​プロダクトに​するわけです。​私たちは​今回、​いつもなら​ユーザーには​見えない​アイデアが​どう​生まれ、​どのように​形に​なっていくのかを​見せたいと​思いました。​人々が​見るのは​最終的な​製品であり、​その​背後に​ある​考えには​触れる​ことがないからです。
だから今回の
それから、​私たちは​常に​技術的な​制約の​中で​デザインを​する​必要が​ありますが、​そうした​技術的な​ものを​超えた​ところから​インスピレーションを​得たいと​思っている​ことも​伝えたいと​思いました。
柴田文江​(以下、​柴田)​ Google と​いうと​すごく​大きな​グローバル企業なので、​ある​意味遠い​存在のような​気が​していたんだけど、​展示されていたのは​どれも​私たちに​身近な​もの。​ロスさんが、​肌に​触れる​質感や​人間味の​ある​暮らしを​大事に​されている​ことが​展示から​分かりました。
柴田 ​私たちの​身体の​ほとんどは​水分で​できていて、​湿度を​持っていますから、​同じ​暮らしの​中に​取り入れる​ものも、​しっとりした​ものであった​ほうが​使いやすいと​思うんです。​例えば​私が​以前​デザインした​ KINTO の​ウォーターボトルは、​実際は​湿っていないけれど、​形が​しっとりしていると​思っています。
ロス そうですね。
柴田 こう​したしっとりした​形を​作る​ために、​私も​水の​表面張力を​意識しているんですよ。​ですので​「Making the Invisible Visible」で、​ロスさんも​表面張力の​形に​インスピレーションを​得て​ Google Pixel Watch シリーズの​ディスプレイを​デザインされている​ことを​知って、​びっくりしたんです。
ロス ​私たちが​水に​注目したのは、​コロナ禍の​ときでした。​前代未聞の​事態を​前に​「これから​どうなってしまうんだろう?」と​チームで​話している​ときに​目を​向けたのが、​私たちに​とって​常に​インスピレーションの​源である​自然の​要素。​なかでも​水は、​個体、​液体、​気体と、​状態を​変化させることができます。​だから​私は、​この​期間にこそ水に​答えを​求めるべきだと​思いました。​コロナの​時代に、​私たちも​水のように​別の​状態に​変化しなければいけない。​それと​同時に、​きっと​水のように​元の​状態にも​戻って​こられるはずだと。​だから​水は、​私に​とって​とても​大切な​ものなのです。
ロス デザインスクールや​デザインの​仕事を​通じて、​「デザイン思考」に​ついては​よく​耳に​しますよね。​でも​「デザインフィーリング」を​考えても​いいのではないかと​思いました。​なぜなら​ものの​触り心地は、​人が​どのように​感じるかに​直結しているからです。​私たちは​製品を​作る​際に、​「その​デザインを​最初に​見た​ときに​どんな​ふうに​感じてほしいか?」を​問うようにしています。​驚かせたいのか、​喜ばせたいのか、​それとも​好奇心を​刺激したいのか。​そして​実際に​製品を​ユーザーの​前に​置いた​ときに、​彼ら、​彼女らが​使う​言葉に​着目します。​それが​デザイナーの​意図する​ものであった​場合は​すごく​うれしいですね。
Google 製品をデザインする際にデザインフィーリングが重要なのは、テクノロジーが私たちのパートナーとしてそばにあり続けるものだからです。だからこそ私たちは、それをただの冷たい物体にするのではなく、感情を呼び覚ますものにしなくてはいけません。そこに意味や感情を見いだせれば、私たちはより愛着を持てますから。感情(emotion)とは、動きのあるエネルギー(energy in motion)のこと。だから感情は、実際に感じることのできるエネルギーなんですよ。
柴田 ​やっぱり、​それを​使った​人が​自由を​感じられるように​したいと​いつも​思っています。​私たちは​暮らしの​中で​いろいろな​ものを​使わなければいけませんが、​デザインの​主張が​強いと、​ものに​よって​縛られる​こともあると​思うんですよね。​そうではなく、​あくまでも​主体は​皆さんの​暮らし。​暮らしが​メインに​なるような​もの​づくりを​したいなと​思っています。
そうした​前面に​出て​主張を​する​ことの​ない​デザインを​する​ためにも、​形と​いうのは​とても​重要です。​その​形に​よって、​私たちは​ものを​愛用するだけでなく、​ものに​愛着を​持つことができると​思うんです。​例えば​紙コップって、​毎日のように​使うから​愛用は​しているかもしれませんが、​これに​愛着を​持つことはないじゃないですか。​その​違いは​形で​作っていけると​思っています。​私は​形に​対する​こだわりが​強いので、​シンプルに​見えますけど、​すごく​綿密に​時間を​かけて​作っていますね。
ロス でもあなたが​紙コップを​デザインしたら、​私は​きっと​愛着を​持つと​思いますよ​(笑)。​私たちの​デザインチームでは、​そのように​綿密に​作られた​ものを​「思いやりの​ある​デザイン」と​呼んでいます。​デザインの​あら​ゆる​側面、​あら​ゆる​決定に​対して​思いやりを​持つことは​本当に​大切ですよね。
柴田 コロナ禍を​経験して、​人間らしく​ある​ことが​本質だと​いう​ことに、​私たちはますます​気付くようになったと​思うんですよね。​だから​テクノロジーも​進めば​進むほど、​それは​もっと​ナチュラルに​なるはず。​そして​デザインとは​テクノロジーと​人間の​間に​ある​もの、​テクノロジーと​人間を​つなぐのが​デザインの​役目だから、​これからの​デザインは​新しい​技術を、​まるで​息を​するように​使える​ものにしないといけないと​思うんです。​結果と​して、​テクノロジーを​使いながらも、​本当に​人間が​ありの​ままの​状態で​いられる​ことが、​進んだ​未来なんじゃないかと​思っています。
ロス テクノロジーは​私たちの​パートナーと​して、​デザインと​しても​インターフェースと​しても、​滑らかな​ものになりたがっていますよね。​最初は​「テクノロジー」と​いう​独自の​カテゴリが​あって、​例えば​携帯電話も​黒一色で、​角張ったような​デザインでした。​ただ、​テクノロジーが​ますます​身近な​ものになった​今、​それは​私たちに​とってより​自然で、​親しみやすい​存在でなければいけないと​私も​思います。
柴田 原始的であると​いう​ことと、​より​自然であると​いうのは、​同じ​ことですよね。
ロス ええ。​『アート脳』と​いう​本を​執筆する​過程で​人類学者と​話す中で​学んだのは、​人類が​地球上に​存在してきた​時間の​ 99.8% は​自然の​中で​生活を​してきたと​いう​ことです。​人工的な​環境で​過ごしてきたのは​ 0.2% に​過ぎない。​だから​私は、​自然の​中に​いることが​私たちの​本来の​性質だと​思うんですね。​私が​デザインに​取り入れる​柔らかい​カーブや​水の​要素と​いった​ものは​全て、​人類が​大部分の​時間を​過ごしてきた​自然に、​無意識の​うちに​つながるための​方法だと​考えているんです。
ロス 色とは​波長です。​その​波長から、​私たちは​色の​雰囲気を​感じる​ことができます。​学生時代、​ある​先生から​ひとつの​色を​した​大きな​円を​ 1 時間​見つめるように​言われた​ことがあります。​その​色が​何を​伝えているのかを​感じるようにと。​だから​私は、​色とは​感情を​伝える​媒体だと​考えているんです。
私が​スマートフォンの​デザインを​始めた​頃、​その​ 90% が​黒でした。​私たちデザインチームは、​黒以外の​色も​必要だと​考えていたのですが、​それを​理解してもらえるまでは​苦労しました。​でも​それから、​私たちは​少し​ずつカラーを​加えていきました。​とは​いえ​それは​目立つ色、​色名を​分類しやすい色ではなく、​柴田さんが​使っている​ストーン(石)​や​モス(苔)のような​「控えめな色」をです。​そうした​色の​選択肢が​あれば、​やがて人は​スマートフォンに​異なる​感情を​抱いてくれるようになる​ことを、​それが​愛着の​ある​ものに​なる​ことを​私たちは​信じていました。
だから​今、​少し​ずつ黒以外の​色を​選ぶ​人が​増えている​ことに​ワクワクしています。​今では​緑系の​カラーが​黒と​同じ​くらい​人気です。​それから​色は、​社会で​起きている​ことも​反映しています。​人々が​サステナビリティや​環境の​ことを​ますます​語るようになった​時代に​私たちが​緑を​追加したのは、​色は​その​雰囲気や​ムードを​通じて、​特定の​態度を​映すものだからです。
形に​ついてはすでに​触れましたが、​自然界では​柔らかい​カーブは​安全を​意味し、​鋭い形は​危険を​意味します。​尖った​形は​動物の​角に​見られる​もので、​私たちは​円形の​洞窟に​逃げ込んだわけです。​だから​無意識の​うちに、​人間は​柔らかい形に​心地よさを​感じるのだと​思います。
柴田 ​私の​場合は​デザインする​アイテムに​本当に​幅が​あるので、​その​アイテムに​よって​色の​決め方も​まったく​違うんですけど、​基本的には​「マテリアル​その​ものの​色」を​大事に​しています。​実際は​着色していたとしても、​その​素材に​フィットする​色と​いうのは、​やっぱり​あるんですよね。​そういう​ものを​常に​探しているように​思います。
ロス 製品に​ふさわしい​色を​使うと​いう​ことは​私たちも​考えています。​例えば、​スマートホーム製品を​デザインする​ときの​カラーパレットは​スマートフォンとは​まったく​異なります。​家庭の​中に​ある​素材や、​どこで​使われるのかと​いった​文脈を​考えなければいけません。​ワイヤレスイヤホンや​ウォッチバンドの​色を​考える​ときには、​たくさんの​肌の​トーンに​合わせて​確認するようにしています。
ロス スマートフォンメーカーは​どこも、​カメラを​どう​デザインするかに​頭を​悩ませています。​レンズが​大きくなり、​その​数が​増える​中で、​どう​やって​配置を​すべきだろう?​ と。​私たちは​数年前から​カメラバーを​導入していますが、​Google 製品の​特徴である​柔らかい​カーブを​生かし​つつ、​必要な​ものを​全て​収められるような​形を​作れないかと​考えました。​そうして​ Google Pixel 9 Pro では、​バーを​大胆に​強調して、​美しい​縁を​持つ​カメラレンズのような​デザインが​誕生しました。
そして​面白いことに、​最終的に​できた​カメラバーが​ Google の​検索バーに​似ている​ことに​気付いたんです。​当初は​まったく​意図していなかった​ことですが、​これは​正しい​デザインに​違いない、と​話しましたね。​と​いうのも、​デザインチームと​しては​これまでの​モデルとは​違いを​出しつつも、​Google の​アイデンティティを​残して、​より​特徴的な​スマートフォンに​したいと​思っていましたから。​本体の​マット感に​カメラバーの​光沢感を​加え、​柔らかさを​保ちつつも​カメラの​高級感を​強調する、​ジュエリーと​言っても​いいような​仕上がりだと​思っています。
柴田 カメラ機能に​対する​要望はますます​大きくなっていると​思います。​Google Pixel 9 Pro の​ロスさんの​デザインは、​カメラの​プレミアム感や​信頼性を​カメラバーの​デザインで​担保しつつ、​でも​スマートフォン全体と​しては​手なじみが​よく、​「自分の​もの」と​感じられるような​ソフトな​仕上がりに​なっている。​その​コントラストが​きれいに​まと​まっていますよね。​持った​感じは​昔ながらの​道具を​思わせるんだけど、​でも​やっぱり、​すごく​新しさを​感じます。
ロス 物理的な​プロダクトは、​ますます​特別な​ものになっていくと​思います。​例えば​本の​世界を​見てみると、​今では​オンラインで​本を​読むことができて、​それは​素晴らしく​便利な​サービスです。​それに​よって​誰もが​「紙の​本が​なくなってしまう」と​危惧していました。​でも、​紙の​本は​消えていない​どころか、​むしろ​その​価値が​高まっています。​以前にも​増して、​コーヒーテーブルに​置かれた​アートブックを​見るようになりました。
これが​意味するのは、​物理的な​ものが​より​特別で、​大切に​される​ものになっていくと​いう​こと。​だって​私たちは、​こうした​ものにこそ愛着を​持つのですから。
デジタル時代が​進むに​つれて、​もの自体は​減るかもしれない。​でも​その​代わりに、​ものは​ますます​特別に​なり、​私たちは​丁寧に​身の​回りの​ものを​選び、​物理的な​ものは​より​貴重で​意味の​ある​ものになっていくでしょう。​だから​これまで​以上に、​デザイナーは​必要と​されるようになるはずです。
柴田 ​昨年に​続き、​今年も​ Flexform から​新作を​発表しているので​ミラノ デザイン ウィークに​来ているんですけど、​一方で​私は、​日本では​テクノロジーを​使った​プロダクトや​ロボットの​デザインも​しています。​そうした​テクノロジーを​使った​ものと​人間らしい​もの​づくりは​共存させていかなくちゃいけないし、​人間らしさを​暮らしの​中に​取り入れやすく​するのは​デザインの​役割だと​思うんですね。
ロスさんが​おっしゃったように、​私たちの​身体は​もう​何千年も​前から​基本的に​変わっていないので、​やっぱり​触り心地の​いい​ものは、​みんな​気持ちが​いいと​感じる​もの。​そういった​ことを、​デザインの​力で​いつでも​思い出してもらえるような​仕事を​していきたいと​思っています。
どんなに​未来に​なっても、​私たちは​キツい​洋服を​着て、​硬い​ものを​触りたくなるわけじゃない。​人間が​心地よさを​求める​ことは​変わらないはずなので、​そういう​ことを​大事に​して​これからも​デザインを​していきたいですね。
Google の​アイビー ロス(デバイス部門の​チーフ デザイン オフィサー)と、​プロダクト デザイナーの​柴田文江さんが​共に​語ってくれたのは、​テクノロジーに​手触りを​与える​デザインの​必要性、​心地よい​手触りの​大切さでした。
そんな​デザイン哲学は​ Google Pixel シリーズにも​反映されています。​エモーショナル デザインから​生み出された​スマートフォンや​ウォッチ、​ワイヤレスイヤホンの​実物を​ぜひ手に​して、​その​質感や、​呼び覚まされる​感情を​感じてください。
Text by Yuto Miyamoto、Photo by Mari Shinmura